2月 25 2012

卒業祈祷週 無事に終了いたしました

投稿者 at 15:00:50 カテゴリ 祈祷週,行事の報告

その広さ、長さ、高さ、深さを・・・

今年度は「あの日」依頼、怒濤のように時間が流れ、月日が経つ早さを痛感する時間と、
いつまでも復興の進捗状況に変化が見られず、もどかしい思いで過ごす待ち時間が多く混在する、
まさに時という軸に翻弄されたような一年でした。

本校恒例の卒業祈祷週が無事に終了し、「卒業生」たちが「想いと考え」を彼ら自身の言葉で丁寧に紡いでいく時間を提供して下さいました。そして、これは教室での学びでは得難い、これからの人生の歩みに備える、上質な実践授業でもありました。

自分のことにしか興味や思いが到らず、周囲を傷つけ、迷惑をかけてきたことに気づき、心からお詫びするもの。
この学び舎で神に信頼し生きる人生に出会い、家族揃って天国に行くことを心から「人生の希望」とし、そのことを祈り続けているもの。
進学に際し、家族の本当の思いと直面している現実の狭間に心乱され、押しつぶされそうになりつつも、その困難を乗り越えるための勇気と解決の道が拓かれるように祈り続けてきたもの。
たくさんの経験を檸檬にたとえ、辛酸を舐めるような経験を、甘いレモネードのように味わうことができるように心の変容と避難する道が備えられていることを感謝するもの。
家族の病や別離という厳しい現実を懸命に受け止め、家族との絆を一層深めているもの。
この北浦の丘で出会った友達、体験した生活全てが「宝」であり、
今後出会う如何なる困難にも立ち向かうための力となることを確信しているもの・・・。

およそ15歳の青年が想い、語るにはあまりにも広く、長く、高く、深い題材ばかりでしたが、
限られた時間の中で、考え、したため、ようやく準備したものでした。
しかし、聴き終えてみれば、みな素晴らしい感話ばかりでした。

彼らの外見から判断できる成長は僅かなものかも知れません、その考えの深まりは不十分かも知れません、その経験は時に短く浅薄でありましょう。
しかし、一方でこの祈祷週でお話ししたひとりひとりの純粋さ、真剣さ、誠実さが本当の意味で「生きる力」を育み、「心の礎」を明確に整え、人生を歩み続けるための「力の源」を蓄えさせていると確信致しました。

新約聖書 エペソの信徒への手紙 3章17節〜19節
「こうしてキリストが、あなたがたの信仰によって、あなたがたの心のうちに住んでいてくださいますように。また、愛に根ざし、愛に基礎を置いているあなたがたが、すべての聖徒とともに、
その広さ、長さ、高さ、深さがどれほどであるかを理解する力を持つようになり、
人知をはるかに越えたキリストの愛を知ることができますように。
こうして神ご自身の満ち満ちたさまにまで、あなたがたが満たされますように。」

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